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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)78号 判決

原告

宇都宮朝子

右訴訟代理人弁護士

渡辺良夫

山下登司夫

被告

向島労働基準監督署長加藤慎吾

右指定代理人

林茂保

可部丈雄

渡辺清

脇坂洋志

常光英照

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和四七年一〇月三一日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する裁判

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  亡宇都宮正行(昭和八年一二月二〇日生、行年三八歳、以下「正行」という。)は、坂田建設株式会社が元請として施工する東京都墨田区八広六―六九加藤病院看護婦宿舎(三階建、以下「本件建物」という。)新築工事(以下「本件工事」という。)を同社から下請した渡辺工業に雇用され、本件工事現場においてモルタル練り作業(以下「本件作業」という。)に従事していたが、昭和四七年七月七日午前一一時五五分ころ、本件作業現場で仰向に倒れているところを通りかかった同僚の大工に発見され、直ちに加藤病院に収容されたが、既に死亡していた。

2  原告は正行の妻であり、正行の死亡当時その収入により生計を維持していたものであり、かつ、正行の葬祭を行う者である。

3  原告は、正行の死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく遺族補償年金給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は、昭和四七年一〇月三一日付けで、正行の死亡は業務上の事由によるものではないとして、右遺族補償年金給付及び葬祭料を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。原告は、本件処分を不服として東京労働者災害補償保険審査官に審査を請求したところ、同審査官は右審査請求を棄却した。原告は更に労働保険審査会に再審査請求をしたところ、同審査会も右審査請求を棄却する裁決をし、その裁決書は昭和五四年四月二五日原告に送達された。

4  しかし、正行の死亡は業務上の事由によるものであるから、本件処分は違法な行政処分であり、取り消されるべきである。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認める。同4の主張は争う。

三  被告の主張

労災保険法一二条の八第二項に援用される労働基準法七九条及び八〇条にいう「業務上死亡した場合」に当たるというためには、労働者の従事していた業務と死亡との間に一定の因果関係(業務起因性)があることを必要とするが、労災補償制度が一種の損害填補を目的とするものである以上、右の業務起因性とは、業務と死亡との間に単なる条件関係があることでは足りず、業務が死亡のための有力な原因であること(相当因果関係)を必要とすると解すべきである。

正行は、本件作業に従事していたが、本件作業現場で倒れているところを発見され、直ちに病院に収容されたものの既に死亡していたのであるから、業務遂行中に死亡したことは明らかである。しかし、東京都監察医務院の監察医による遺体解剖の結果、正行の死因は「冠状動脈硬化症による心肥大」と検案されたが、この「冠状動脈硬化症による心肥大」のような循環器系疾患は、病者の素因、体質、食生活その他の非職業的要因によって専ら発症するものであって、これ自体は正行の従事していた本件作業との間に業務起因性のない基礎疾病である。そして、このような基礎疾病は、業務とは無関係に自然増悪の経過が限界に達した場合にも容易に急死を生ずるから、死亡が業務遂行中に発生しただけではその業務起因性を推認することはできず、このような基礎疾病に起因する死亡が業務起因性を有すると認められるためには、質的又は量的に過激な業務による心身の興奮、緊張の重積が基礎疾病の自然増悪を越える急激な増悪をもたらし、その結果死に至ったことが明らかに認められる場合でなければならない。

この見地からみると、正行は冠状動脈硬化症及び同症の結果生じた心肥大の基礎疾病を有し容易に心臓死を起こし得る病的素因を有していたところ、以下のとおり、本件作業の内容、正行の勤務状況からみて、右基礎疾病の自然増悪を越えて心臓死させるに足りる質的又は量的に過激な業務による心身の興奮、緊張の重積があったものとは考えられず、気象状況も正行の身体に重い負担を与えたものとはいい難く、正行は、たまたま業務中に右基礎疾病の自然増悪が限度に達して心臓発作を起こし突然死したものであり、正行の死亡には業務起因性は認められないから、本件処分は適法である。

1  正行の就労状況

(一) 正行は、昭和三三年ころから左官工事におけるモルタル練り作業(練り方)の仕事に従事していた熟練者であり、同僚の今原健一及び阿部利美とともに三人のグループにより本件工事における左官工事に従事した。

(二) 本件工事における左官工事は、約一箇月間の工期により、昭和四七年六月二七日から開始されたが、正行は他の仕事をしていたため同月三〇日から本件災害発生の同年七月七日まで七日間就労しており(七月二日は休日)、一日の就労時間は午前八時から午後五時までで、昼一時間の休憩時間があり、残業は全くなく、出勤は午前六時三〇分ころ、帰宅は午後七時ころと大体決まっていた。

(三) 左官工事は通常、砂、セメント、水を配合してモルタルを作り、そのモルタルを左官の作業場所まで運ぶ仕事(通称「練り方」)と、このようなモルタルを建築物に塗る仕事(通称「塗り方」)とに分かれているが、このうち正行が練り方を、今原と阿部が左官として塗り方を担当していた。

本件工事現場は場所が狭いため、そこにはミキサーとベルトコンベアーが置けるだけで、セメントはミキサーのそばに置くことができず、練り方は作業を始める度ごとにセメント置場から必要なセメントを運び、作業に使用する水を入れたバケツを持ち上げてミキサーに入れる方法をとっていたので、練り方の作業は通常の左官工事現場に比べ、やや、やりにくい状況にあった。

本件工事において正行が具体的に従事していた作業内容は、砂、セメント、水などを動力ミキサーに投入し、ミキサーを回転させてモルタルを練り上げたのち、そのモルタルをバケツに移し、バケツを動力ウィンチでつり揚げて塗り方が作業する場所まで運搬するというものであり、作業が機械化されているため、通常の屋外における肉体労働と比較して、格別に過重というものではなかった。

(四) したがって、七月六日までの正行の作業状況は、作業の質、量いずれの面からも過重とはいえず、過労及び疲労の蓄積状態があったとは認められない。

2  死亡当日における正行の作業

(一) 死亡当日、正行は午前七時三〇分ころ自宅を出て出勤し、本件工事現場に到着後、午前八時ころから前日までと同様の練り方作業に就いた。当日、正行の従事していた作業は、塗り方の作業が本件建物の屋上床面のモルタル塗りであったので、〈1〉砂、セメント、水をミキサーに入れてモルタルを練り上げること及び〈2〉練り上げたモルタルをいったん留場に流したのち、バケツに入れ、そのモルタル入りバケツをベビーウィンチをもってつり揚げ、本件建物三階の屋上まで運搬することを内容としていた。

(二) 本件工事において昭和四七年七月五日から始められた屋上の床面部分の仕上げモルタル塗り作業では、右床面の総面積三七・六六八五平方メートルに厚さ三センチメートルのモルタルを塗る作業が予定されており、右床面全体にモルタルを塗るとして、その作業に用いるモルタルの総量は約一・一三立方メートルであった。

右の塗り作業のうち、七月五日に目地張り部分約〇・一四四九立方メートルの作業を終えているので、七月七日当日に塗り方が塗るべき部分は〇・九八五一立方メートルであり、したがって、正行の作業は〇・九八五一立方メートルのモルタルを練り上げ、荷揚げすることであった。

なお、正行が受持つ作業は、右の練上げ及び荷揚げのほかにミキサーの清掃、資材の整備等もあるが、これらの作業は練り方がモルタルを荷揚げしたのち、塗り方がモルタル塗りに従事している時間の待ち時間を利用して行うことが可能であり、一回のミキサーの作動に当たって正行が行う作業の総時間は、五〇分ないし五五分である。

(三) ところで本件工事において一回当たりのミキサーの作動により練り上げられるモルタルは、〇・三立方メートルであるが、七月七日に正行が練り上げるべきモルタルは、前述のとおり〇・九八五一立方メートルであったので、本件傷病の発症時と推定される午前一一時五五分ころには、練り方作業は既に三回を終了し、四回目に着手していたものと推定される。

この推定は練り方の一回当たりの作業時間が五〇分ないし五五分であることからも合理的と解される。

(四) 右のように正行は死亡当日、三回目の練り方作業を午前一一時三〇分前に終了したのち、四回目の練り方作業に従事中、本件傷病を発症したものと推定されるが、練り方の一回当たりの作業時間からみて、当日午前八時から一一時三〇分ころまでの間、作業の回数が三回であったということは、途中で休息をとる時間も充分あったと考えられる。

しかも当日のいわゆる仕上げモルタル塗り作業は、丁寧に何回も床面を塗る作業を繰り返すという高度な技術を必要とするものであり、その遂行にかなりの時間を要するものであった。

このように当日の作業方法はやや難渋したというものの、当日の作業が練り方としては塗り方の作業の進行に追われることなく、ゆとりをもって進めることができたものと推定されるうえ、正行の体格(身長一七一センチメートル、体重八三キログラム)、年齢(当時三八歳)、同種の作業の経験年数からみて、当日の作業が正行にとって過酷ないし繁忙であったとは認め難い。

3  死亡当日における本件工事現場の作業環境

本件工事現場はいわゆる〇メートル地帯で、密集した工場、倉庫等に囲まれたところであり、本件作業場所も狭いうえ、当時は夏季で気温も高く、日差しも強かったとはいえ、四・五畳の部屋の方から正行の作業場所に向かって風が吹き抜ける状況にあり、気温については、正行の就労していた七月一日から死亡当日の七日までの期間内における気象状況が特に酷暑であり、正行の身体に重い負担となったほどのものであったとは考えられない。さらに、日差しの点も、ミキサー、練上げモルタル置場、ドラム缶の設置された場所がいずれも庇に覆われた屋内であること、また、屋外の作業場所も建物の日陰となる北西に面していたことから、仮に直射日光を受けていた事実があったとしても、極めて短時間であったものと推定され、これらの点からすると、当日の気象状況が正行の身体に重い負担を与えたものとはいい難い。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  正行が冠状動脈硬化症及び同症の結果生じた心肥大の基礎疾病を有していたことは認める。

正行の死亡と業務との間に相当因果関係がないとの点は争う。

2  労働者災害補償保険制度(以下「労災補償制度」という。)の趣旨は、使用者に使用従属し、社会法則的に犠牲者とされる労働者とその家族の生活を優越的地位にある使用者に保護させることにある。右趣旨によれば、労働基準法七九条及び八〇条にいう「業務上死亡した場合」とは、業務と死亡との間に合理的関連性が存すれば足りると解するのが相当である。

この見地からすると、正行は業務上死亡したというべきである。すなわち、正行の基礎疾病である冠状動脈硬化症、心肥大は、病気として重篤なものではなく、その基礎疾病のみで心室細動を起こし、死に至るような状態ではなかった。それにもかかわらず、正行は心室細動を起こし急死したのであるが、これは以下のとおり正行が従事していた左官の練り方作業が重激な業務であり、その業務に従事していた正行に過労及び疲労が蓄積したうえ、被災当日の正行の作業が特に通常の作業に比べて精神的緊張を伴い肉体的にも厳しく、また、被災当日の作業環境が酷暑であったため、正行は、その業務の遂行が主因となり、冠状動脈硬化症が従たる因子となって、両者が共同して急激に増悪させ、悪性の不整脈(心室細動)を起こし急死したものである。また、正行は、自己に基礎疾病があることを自覚していなかったのであるから、死という結果の発生を予知しながらあえて業務に従事したものではない。したがって、右の見地からすると、正行の死亡と業務との間には合理的関連性があり、正行は業務上死亡したものというべきである。

(一) 正行の就労状況

正行は昭和三三年に上京して以降死亡するまで左官の練り方作業に従事していたものであるが、練り方作業は、ミキサーなどの機械が導入されたとはいえ、相当強度の肉体労働であり、そのため疲労が蓄積していた。また、正行は今原健一及び阿部利美とともに二(ママ)人のグループにより渡辺工業との間に請負形態で行っていたため、精神的緊張を伴っていた。さらに、本件作業は、作業現場が狭い場所のため、作業環境、作業方法等が通常の作業現場に比べてやりにくく、平素の作業より相当厳しい状況にあった。

(二) 死亡当日における正行の作業

死亡当日における塗り方の作業は屋上の均しモルタル塗り作業であり、これは壁塗り作業などとは異なり、練り方が塗り方に追われるため、正行の従事する練り方の作業は厳しいものであった。しかも、通常であれば午後三時ころまでかかる仕事量であったが、これを午前中に仕上げてしまわなければならず、特に厳しかったということができる。すなわち、モルタル塗りの仕上げは、均し塗りをしてからモルタルが人が踏んでもへこまない程度の堅さに乾くのを待って行うことが必要であり、それには均し塗りをしてから四~五時間の時間が必要であり、勤務時間内である午後五時までに仕上げをするには、午前中に均し塗りを終え、午後は最初に均し塗りをした所から順次仕上げをしていき、午後五時ころに、午前中の最後に均し塗りをした場所の仕上げを行って屋上防水押さえモルタル塗りを完了しなければならなかったのである。このため、正行は時間に追われ、当日は午前中の休みを取らずに作業を行い、午前一一時三〇分ころ急いで屋上に昇って様子を見て、残りの塗り方作業に必要なモルタルの分量を判断し、直ちに屋上から降りて右の分量に見合うセメント袋二袋を、ミキサーから約一〇メートル位奥の納戸に置いてあるセメント置場から運んでミキサーの台に乗せたところ突然悪性の不整脈(心室細動)を起こし急死したのである。

(三) 死亡当日における本件工事現場の作業環境

死亡当日は天気がよく酷暑であったうえ、本件工事現場はいわゆる〇メートル地帯で、密集した工場、倉庫等に囲まれたところであり、本件作業場所も狭かったことから、本件作業場所は風通しが悪く、極めて暑かった。

3  健康管理義務違反

使用者と労働者との間の労働法律関係の中で、使用者は労働者に対し安全保護義務を負い、その一態様として労働者が労働によってその健康、生命の破壊、すなわち、労働者の体の内部からの危険に対し、安全を守る義務を負う。このように使用者の負う安全保護義務の一態様としての内部危険に対する安全保護義務の一つに健康管理義務がある。そして、健康管理義務の重要な部分を占めるものとして、次のとおり健康診断義務がある。

(一) 法定の健康診断義務

(1) 使用者が労働者を雇用するに際して行う健康診断につき労働基準法五二条一項(昭和四七年六月八日法律第五七号による削除前の規定。なお、同法は、同年政令第二五四号により同年一〇月一日から施行された。)は「一定の事業については、使用者は、労働者の雇入れの際及び定期に、医師に労働者の健康診断をさせなければならない。」と規定し、詳目は労働安全衛生規則四八条に規定されている。

(2) 労働安全衛生規則四八条一号は「常時五〇人以上の労働者を使用する事業において常時使用する労働者を雇い入れる場合」には医師による健康診断を義務付けている。この場合、右の「事業」とは、労働者の健康状態に留意し、適切な健康管理をすることにより、病気を未然に防止しあるいは軽くすませるという立法趣旨からして、各事業所を指すものではなく、事業全体を指し、これが常時五〇人以上の労働者を雇用していれば、労働基準法五二条一項の健康診断義務を負うと解すべきである。このことは労働基準法五二条一項を引き継いで新たに制定された労働安全衛生法(前記昭和四七年六月八日法律第五七号)六六条、労働安全衛生規則四三条が全業種、全規模の労働者を対象として、雇入れ時における健康診断義務を定めていることからも容易に推認し得るところである。また、「常時使用する労働者」とは、少なくとも本来的意味での日雇労働者以外の労働者はすべて含まれると解すべきである。

渡辺工業は常時五〇人以上の労働者を雇用しており、また、正行は少なくとも一箇月以上を要する本件作業に従事するため渡辺工業に雇用されたものである。したがって、渡辺工業は、正行を雇用するに際して、労働安全衛生規則四八条一号により、医師による健康診断を行う義務があった。

(3) 次に、労働安全衛生規則四八条二号トは「重量物の取り扱等重激な業務に常時使用する労働者を雇入れる場合」は医師による健康診断義務があると定めている。ところで、正行が行っていた業務は左官の練り方作業で重激な業務であった。したがって、渡辺工業は正行を重激な業務に従事させるため雇用したのであるから、その雇人れに際し、医師による健康診断を行う義務があった。

なお、正行が渡辺工業に雇用された当時の労働安全衛生規則によると、渡辺工業が健康診断を行わなければならない項目は次のとおりである。

〈1〉 感覚器、循環器、呼吸器、消化器、神経系その他の臨床医学的検査

〈2〉 身長、体重、視力、色神及び聴力の検査

〈3〉 ツベルクリン皮内反応検査、エックス線検査、赤血球沈降速度検査及び喀痰検査

(二) 労働契約ないし条理に基づく健康診断義務

前述の法定の健康診断義務の要件(罰則を伴う最低基準)のすべてを満たさない場合であっても、前記の安全保護義務の一内容である健康診断ないし健康管理義務が存在する。

すなわち、正行が練り方として重労働に従事する場合、とりわけ事故当日のような炎天下においては、体の内部に欠陥を持っているときには死を誘発することもあるのであるから、使用者としては、このような死亡事故を未然に防止するため、健康診断を行う義務があった。それは雇用する労働者の健康に即した労働力配置と労務提供の求め方が使用者の労務受領に伴う労働力管理、とりわけ健康管理義務の履行として観念されるものである。

ところで、正行が渡辺工業に雇用される際、健康診断を受けていれば、循環系の診断時に胸部の心臓領域の拡大、心拍脈拍の徐脈や不整脈があることが認められた可能性が極めて強く、心臓についての精査をするよう指示され、また、血圧も測定されたはずである。さらに、聴打診によって心臓部の拡大が、また、胸部エックス線写真を撮れば、心陰影がそれぞれ認められ、心臓についての精査をするように指示され、その結果、心電図を含む精密検査により冠状動脈のやや著明な硬化による心筋への血液供給不足で惹起された心筋変性による異常所見が得られた可能性が極めて強く、徐脈、不整脈はより明確に示されたはずである。このようにして正行の症状が正確に診断されていれば、正行は本件作業に従事することを避け、心臓死することはなかったのである。

しかし、渡辺工業は正行の雇入れに際し、前記健康診断義務に違反して健康診断を行わず、正行を本件業務に従事させたため、正行はその基礎疾病が増悪し心臓死したものであるから、正行の死亡は業務上の災害によるものであることは明らかである。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(正行の死亡)、2(原告の地位)及び3(本件処分の存在)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  業務起因性の存否

1  「業務上死亡した場合」の意義

労災保険法一二条の八第二項に援用される労働基準法七九条及び八〇条にいう「業務上死亡した場合」に当たるというためには、業務と死亡との間に相当因果関係のあることが必要であって、労働者が業務に起因しない基礎疾病を有し、それが原因となって死亡した場合にこの相当因果関係を肯定するには、業務に起因する過度の精神的、肉体的負担によって、労働者の基礎疾病が自然的経過を越えて急激に悪化し、死亡の結果を招いたと認められるのでなければならないというべきである。

原告は、右「業務上死亡した場合」とは、業務と死亡との間に合理的関連性が存すれば足りると解するのが相当であると主張するが、該主張は、これを右に述べた意味に解する限りにおいて正当として是認することができる。

2  そこで、これを本件について検討する。

(一)  正行の死因

正行が冠状動脈硬化症及び心肥大の基礎疾病を有していたところ、昭和四七年七月七日午前一一時五五分ころ、本件工事現場に仰向けに倒れているところを同僚に発見され、直ちに加藤病院に収容されたが、既に死亡していたことは当事者間に争いがない。(証拠略)を総合すると、正行は、死亡後、直ちに行政解剖に付され、同人を検案した東京都監察医務院監察医千葉力男は、死体検案書(〈証拠略〉)において、「死亡年月日・昭和四七年七月七日午前一一時五五分ころ、死因・直接死因は心肥大でその原因は冠動脈硬化症」と記載しており、また、同監察医は、意見書(〈証拠略〉)において、「〈1〉 死亡者並びに死亡年月日 宇都宮正行、昭和四七年七月七日、〈2〉 直接死因並びに解剖所見について イ、剖検所見・身長一七一cm、体重八三kg、体格やや肥満した栄養良なる一男性屍である。死斑硬直は強度である。……体表等に特記する外傷は認めない。心重量は四七〇gで剔出時流血量は約四〇〇c.c.である。屍手拳より大きく、形は円錐形である。心外膜には脂肪の沈着が著明である。溢血点、腱斑は認められない。心冠状動脈は蛇行を認められないが、粥状硬化はやや著明で軽度石灰沈着が右回旋枝に認められる。左室は軽度拡張している、心筋の厚さは左室で一・八cm、右室で〇・三cmである。組織学的には心筋はうっ血間質増生が著明である、肺はうっ血水腫著明である。炎症等の所見は認められない。肝うっ血著明である。腎、脾各臓器もうっ血著明である。……。ロ、死因について・冠状動脈粥状硬化症に起因する心肥大、〈3〉 直接死因と剖検所見との関連性についてイ、冠状動脈粥状硬化症は、壮年層より認められこれは種々の程度に心臓の肥大拡張の原因となり、狭心症の発作を惹起することもある。このことは冠状動脈に動脈硬化がある時は、心臓え(ママ)の乏血性が原因で栄養障害が起り心筋の変性を起すため軽微な動機で、心臓停止を起こすことになる。本屍の場合は年令的にみると動脈硬化症は比較的強いものと思われる。従って心肥大はこの動脈粥状硬化によるものと思われる。また体重、身長から考慮しても心肥大と考えられる。ロ、肺、肝腎、各臓器についての所見については急死時にみられる所見である。〈4〉 考察、……本屍のような冠状動脈粥状硬化症による急死者は自覚症状が必ずしも自覚されるものとは限らず、このことはしばしば経験しているところである。……」と記載していることが認められる。

右解剖所見に、(証拠略)を総合すると、正行の心臓は病的に肥大拡張し、軽微な動機でも容易に心臓死を起こし得る程度であるうえ、また、正行にはやや著明な冠状動脈粥状硬化症があって冠状動脈内腔が相当程度狭窄しており、この狭窄状態は少なくとも三箇月ないし半年以上の期間存在していたものであって、正行の以上のような基礎疾病は、正行の素因、体質、食生活その他非職業的な要因により発症したものであること、正行は、本件作業に従事中、心肥大により急性心臓死したものであることを認めることができ、右認定に反する証人岡田了三の証言の一部は前掲証拠に照らし採用しない。

(二)  正行の業務内容

(証拠略)を総合すると、正行は、昭和八年一二月二〇日生まれで、昭和二三年ころから左官工事におけるモルタル練り作業(練り方)に従事してきたこと、練り方の仕事は、セメント(本件作業では一回当たり一袋四〇キログラム入り四袋を用いた。)と適量の砂及び水を配合し、これらをミキサーで練り上げてモルタルを作り、これを建築物に塗る仕事に従事する塗り方の作業場所まで運ぶものであるが、昭和三九年ころから機械化が進み、昭和四七年当時においては通常の屋外における肉体労働と比較して、格別に重労働というものではなかったこと、本件工事施工当時は練り方一人に対し塗り方二ないし五人が一組となって左官工事が行われるのが通常であったこと、正行は、同人の友人である渡辺工業の宇都宮千代司の勧めに応じて渡辺工業に雇用されることとなり、今原健一及び阿部利美とともに三人のグループにより本件工事のうちの左官工事に従事し、正行が練り方を、今原健一と阿部利美が塗り方をそれぞれ担当したこと、本件工事における左官工事は、約一箇月間の工期により昭和四七年六月二七日から開始されたが、正行は他の工事現場において作業をしていたため、本件工事には同月三〇日から就労したこと、本件作業は、本件工事場所が狭いため、ミキサーとベルトコンベアーを設置しただけで足場を組むことができず、このため、ブロック二段を積んで足場代わりにしており、セメントもミキサーのわきに置くことができないため、練り作業を始める度ごとに三メートルから一〇メートル程離れた所に置いていたセメント(一袋四〇キログラム入り)を必要量運び、これを足元に積んだブロックの上に登り持ち上げるようにするなどしてミキサーに入れなければならないなど通常の左官工事現場に比べると、やや、やりにくい状況にあったこと、このような中で正行は一回当たりセメント四袋分を用いてモルタルを練り、これをミキサーからモルタル置場に落とした後、スコップでバケツに入れ、このバケツを荷揚げ場まで運び、ベビーウィンチで吊り上げて屋上の塗り方まで荷揚げしていたこと、右のとおり本件作業場所は、狭いうえ、三方が囲まれた状態にあったため、若干風通しが悪い面もあったが、他の一方は道路に面しており、風が全く入らないという環境ではなく、また、庇があって日陰となる場所であったこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する(証拠略)は前掲証拠に照らし採用しない。

(三)  正行の勤務状況

(証拠略)を総合すると、正行は、本件作業に、昭和四七年六月三〇日から死亡当日の同年七月七日まで、同月二日(日曜日)に休日をとったほか、七日間就労したこと、勤務時間については、特に規定はなかったが、死亡前日までの間、正行は概ね午前八時から午後五時まで就労し、その間午前一〇時からと午後三時ころから各三〇分間、また、正午から一時間の休憩をとり、早出、残業は全くなかったこと、出勤は午前六時三〇分から同七時三〇分ころの間、帰宅は午後七時ころであったこと、以上の事実を認めることができる。

(四)  死亡当日の正行の作業

(証拠略)を総合すると、正行は、死亡当日午前七時三〇分ころ自宅を出て出勤し、本件工事現場に到着した後、午前八時ころから練り方作業に従事し、午前中は休憩をとらなかったこと、当日の塗り方の作業は本件建物三階の屋上床面の均しモルタル塗りであり、厚さ三センチメートル程度のモルタルを塗るものであったこと、正行は右の塗り方作業に合わせて三回モルタル練り作業に従事し、これを前記のとおり逐次屋上に荷揚げするなどしたこと、その後、午前一一時三〇分ころ、屋上に上って塗り方の作業の進捗状況、モルタルの残りの分量を確認したところ、作業は順調に進んでおり、更に屋上の均し塗り終了までにはセメント一袋ないし一袋半程度の分量のモルタルが必要であるが、午前中にこれを練り上げたうえ、屋上の均し塗りを終えることがほぼ可能な状況にあったこと、正行は屋上で数分を過ごした後、階下に降り、右の程度の分量のモルタルを練る準備に取りかかったこと、正行は、その準備中、前記認定のとおり、急性心臓死したこと、なお、その際、ミキサーのそばの台にセメント二袋が置かれていた(右のセメント袋が右の準備中にセメント置場から正行によって運ばれたものか、それ以前からすでに置かれて準備されていたものであるかについてはこれを認定するに足りる証拠がない。)こと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する(証拠略)は前掲証拠に照らし採用しない。

(五)  正行の健康状況

正行は、前記のとおり基礎疾病を有していたのであるが、(証拠略)を総合すると、正行は、体格は身長一七一センチメートル体重八三キログラムであって、やや肥満していたとはいえ、昭和四一年に結婚して以来、内臓関係の病気等特記すべき病気をしたことがなく、外見上は極めて健康であったこと、もっとも、中学、高校生のころ、マラソンの練習中脈拍が二つ位消えるような状態になると友人に話したことがあったこと、なお、酒には強く、毎日晩酌としてウイスキーを飲んでおり、月平均大びん三本程度を消費したこと、死亡当日も、正行は午前七時三〇分ころ出勤したが、一見元気そうで体に異常はないようであり、本件工事現場に到着して同僚らと挨拶を交わした際や前記屋上に上がった際、また、死亡が発見された三分程前に昼食をとるべく出かけた同僚と挨拶を交わした際も同様であり、前記のとおり本件作業に従事していたこと、以上の事実を認めることができる。

(六)  正行の死亡当日の気象状況

(証拠略)を総合すると、正行の死亡当日は、天気の良い暑い日であり、東京管区気象台(東京都千代田区大手町)の観測によれば、正午時点で、曇り、風向南南西、風速九メートル、気温三〇・一度、湿度六一パーセントであり、最高気温三〇・九度、最低気温二四・四度であったこと、また、水道局砂町処理場(同都江東区新砂)の観測では、午前九時時点で気温二七・五度、風力四(風速五・五ないし七・九メートル程度)であり、最高気温二九・六度、最低気温二四度、平均気温二六・八度であったこと、さらに、金町浄水管理事務所(同都葛飾区金町)の観測では、午前九時時点で気温二八・四度、風力四であり、最高気温二九・三度、最低気温二四度、平均気温二七・八度であったこと、なお、右気温については、同月一日から同月六日間と比べてほぼ同様でありこの時期のものとしては異常なものではなかったこと、以上の事実を認めることができる。

3  以上の事実に基づいて、以下考察する。

正行は、冠状動脈粥状硬化症及び心肥大の基礎疾病を有し、かつ、これは軽微な動機でも容易に心臓死を起こし得る程度の重篤なものであったところ、本件作業中右心肥大に起因して急性心臓死したものである。

ところで、正行が従事していた練り方作業は昭和四七年当時にはすでに機械化されて肉体的に格別重労働というべきものではなく、本件工事現場は、作業場所が狭いことから仕事が若干やりにくい面があったとはいうものの、特に労働を過重なものにしたというほどのことはなかった。また、正行は練り方の仕事に一四年以上の経験を有していたのであり、正行の勤務状況については、正行が本件作業に従事した昭和四七年六月三〇日以降死亡前日までの間をみると、七月二日が休日であったうえ、その余の日については早出、残業はなく、昼休みのほか午前、午後に各三〇分程度の休憩をとりながら勤務しており、作業日程上も予定どおり進行し順調であった。そうすると、正行の死亡前日までの勤務が同人に精神的、肉体的な疲労の蓄積をもたらしていたものとは認められない。さらに、死亡当日の勤務状況については、正行は午前七時三〇分ころ出勤して同八時ころからモルタル練り作業やモルタルの屋上への荷揚げ作業に従事し、これを死亡直前まで継続したのであるが、その練り作業の回数等に照らすと、右作業が繁忙を極めたとは考えられないうえ、右作業は午前中四時間弱行われたにすぎず、また、午前中に完了できる見込みであったことからすると、原告が主張するように塗り方の作業が均し塗りであったため練り方の正行は通常より忙しく更に死亡前約二〇分の間に三階建の本件建物屋上への昇降及び四〇キログラムのセメント二袋を数メートルにわたり運搬する作業が加わったとしても、右の程度の作業量は正行の経験を考慮すると同人を特に精神的、肉体的に疲労せしめるほど重激なものであったとは考えられない。そして、同人は死亡しているのが発見された三分程前に同僚と挨拶を交わした際においても元気そうに見受けられたことからもそのように推認される。正行の死亡当日の気象状況については、最高気温三〇度前後の暑い日ではあったが、前数日とほぼ同程度であったうえ、夏季としては通常のものであり、雲もあったうえ、本件作業場所は庇の陰となって直射日光が当たらず、若干風通しの悪いところがある程度であったことからすると、健康に格別の影響があるようなものであったとは考えられず、そうすると当日の気象は正行の健康に格別の悪影響を与えたものとは認められない。そして、他には、正行に業務に起因する過度の精神的、肉体的負担があったものと認めるに足りる具体的事実はない。

このような事実からすると、正行は基礎疾病である冠状動脈粥状硬化症による心肥大の自然増悪が限界に達して急性心臓死したものであると認めるのが相当であり、正行の急性心臓死を業務に起因すると認めるには不十分といわざるを得ない。

三  健康診断義務違反の主張について

原告は、渡辺工業は正行に対し、その雇入れに際して健康診断を行う義務があったのにこれを怠り、その結果、正行の基礎疾病を発見できず本件作業に従事せしめたため正行の死亡を回避することができなかったのであるから、正行の死亡は渡辺工業の健康管理義務の懈怠により発生したものであり、このような正行の死亡は業務上死亡した場合に当たるというべきであると主張する。

しかし、正行の死亡が労災保険法による災害補償の対象となる「業務上の災害」に当たるか否かは、前述のとおり、死亡と業務との間に相当因果関係(死亡の業務起因性)があるか否かによってのみ判断されるのであって、その業務に従事するに至ったことについて事業主に健康管理義務違反があったか否かは、その判断を左右する要素とはならない(労災保険法上の業務災害の成否は、業務と災害との関係のみによって判断され、事業主の過失の立証を要しない。この過失責任主義からの解放は、労災補償制度の基本的性格の一つである。)というべきであるから、原告の主張は採用しない。

四  結論

そうすると、正行の死亡が業務上の事由によるものではないとして遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとした本件処分には違法の点はなく、原告の本件請求は理由がない。

よって、本訴請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石悦穂 裁判官 林豊 裁判官 納谷肇)

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